はじめにあるのは
3月も半ばとなり、そろそろ桜の季節となってきました。
今年も近所の神社では4月に例大祭が行われるそうで、昨年見て感動した石見神楽が今年もまた来るそうです。楽しみです。
さて、先日バンドでのライブがあったのですが、それに先立って主だったメンバーに退会の意向を申し伝えました。
その結果、次回5月の演奏がとりあえずの最後のバンド活動となる模様です。
何か特別な感情が生まれたりするのかと思いましたが、至っていつもと変りないのが現状です。
そう考えると、そもそもバンドに対する情熱(あるいは興味)のようなものは何年(何十年?)も前に消えていたのかもしれません。
一つ言えるのは、とてもホッとしたということでしょうか。似合っていない服を着させられていた違和感から解放されたような感じです。(体形が変わった説もありますが・・・)
ところで今日は職場の理事会があったのですが、月一回固定で開催しているレッスン日と重なったためこちらを優先しました。私にとってはこちらの方が大切な世界であり、そこにいる意義が大きい、というだけの理由です。
会社は替えの人材がいるかもしれませんが、私のような講師はあまりいませんので。
さて、そんな一般的な社会から脱落しつつある私ですが、最近よく考えることがあります。
それは、『音楽において一番大事なものは何か?』という至極単純なことです。
もちろんリズムやコードも大事なんですが、やはり一番大事なものはメロディーなのだと思います。
最近の私のウクレレ教室では、やる曲のほとんどが昭和歌謡なのですが、あの時代のメロディーはずば抜けていたなと毎回驚かされます。
『はじめにことばがあった』というのは『新約聖書』(ヨハネによる福音書)の有名な一節ですが、こと音楽においては初めにメロディーがないと何も始まらないのではと思うのです。
私がバンドに違和感を感じるようになった理由はそこにもあるのかもしれません。つまりメロディーが疎かになりがちで、なおかつ本来なら別のメロディーをつくる作業であるアドリブが、ただシステマティックに音を配置するパズルのような作業になりがちに思えたからです。
そんなパズルを解くことがどんなに大変で、時間と労力を必要とするのかを多少は知っているので、それを行う人を否定はしませんが、しかしそのゲームは不毛なのではと思った次第です。
私はそんな複雑なことをする能力よりは、童謡や唱歌のような単純で強烈なメロディーを作る能力が欲しいと切に願うのです。
神社の桜が咲いたら花見ついでに神頼みに行こうと思います。
ではまた。

最近の歌謡曲はす~っと耳に入ってくるような心地よいメロディーはほとんど無いですね。
また速いテンポにたくさん歌詞を詰め込むので年寄りには無理です…
昭和はよかったなぁ
先日の老人向けのウクレレ教室では季節柄『仰げば尊し』をやったのですが、あの曲って近年の卒業式でははもう歌われないそうですね。
歌詞の内容が云々などと言われますが、それほど問題はないと思いますし、なによりあんなにきれいなメロディなのにもったいないと思うのです。